★カンボジア旅行記⑰キリングフィールドで悲しい歴史を学ぶ★

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カンボジア旅行記駆け足で行きますよ〜!あと1回か、2回で終わるはずです〜!!
続いて、シェムリアップのオールドマーケット付近でお昼ご飯がてら散策です。1日運転をお願いしていたトゥクトゥクの運転手さんには、2時間弱ほど時間をもらい、ホテル(オールドマーケット付近のタ・プローム)で集合として頂きました。


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朝から歩き回っておなかぺっこぺこですからね。
お昼は何にしようかな、ということでセットメニューが豊富そうなこちらのお店に行ってみることにしました。どのメニューも美味しそー!!

ちなみにこのお店かなり変わっていて、メニューとドリンクが「固定」されていたのです!

ですから、フードは美味しそうだけど、ドリンクが甘そうだからこのメニューはダメ、みたいな感じwww

上級者向け縛りプレイですね!!

値段的なものなのかなんなのか分かりませんが、飲み物くらい選ばせて欲しいです・・・www


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散々ドリンク固定といっておきながら、マンゴーシェイクだったかなんだったかが品切れで、
結局二人ともカフェラテにしてもらいましたww
2階から見下ろせる席は、雑多な街を俯瞰でき、結構気持ち良かったですよ〜

ちなみに欧米のツアー団体客も来てました。(ツアーが来るって事はお腹は壊す心配がないはずw)

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オールドマーケットはアジアの市場特有の、あの何とも言えない臭いが充満していました。食欲は湧かないにおいではあるなぁ・・・・・・






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色んなモノが売っています。この暑さのなか常温でお肉置いちゃうんだ・・・とかはちょっと気になったりする。
屋内の市場は電球の明かりくらいしかなく、薄暗い。
今回は特に、観光客向けの場所ばかりに行ったので、市民生活を垣間見そのギャップもなかなか大きく感じました。



現地3日間の最終日の一番最後には、カンボジアの歴史を学び、感じて帰ります。
一つがキリングフィールドという、悪名高きポル・ポト政権下のクメール・ルージュによる大虐殺を鎮魂するための寺院。
もう一つがアンコール国立博物館で、アンコール遺跡について学びます。

カンボジアは、私にとって長いこと地雷の埋まり、内戦の影響が残る国でした。
歴史の授業においても、過去においては真臘国、アンコールワットのある国ではあるものの、近年では内戦の印象が強く、そこに観光で訪れることができるなんて、正直なところ思ってもいませんでした。


キリングフィールドは、そんな悲しい内戦の記録を垣間見ることができる場所となっています。
歴史については、さっくり流れを追って見ましたが、正直ちゃんと勉強したわけではないので、きちんと知りたい方はちゃんとした文献を読んでくださいね!



カンボジアは戦前、フランスによって植民地化されていました。第二次世界大戦後、王家出身のシアヌーク率いる共産主義の国として独立を果たします。そんな中、ポル・ポト率いる「クメールルージュ」という急進的な共産主義を掲げる新派が登場します。クメールは、カンボジアの人々であるクメール人、ルージュは共産主義のテーマカラーである赤の意ですね。

ここからかなりややこしく、隣国ベトナム(南北に別れてベトナム戦争中)、共産主義を弾圧しようとするアメリカの思惑、諸々が重なって、シアヌークは政権を追われ亡命、苦肉の策としてクメールルージュと手を結ぶこととなるのです。かつてはシアヌーク側がクメールルージュを弾圧するという関係にあったのですが、圧倒的な国民の支持を受けるシアヌークを擁することはメリットと考えたからでしょう、ポルポトは標榜する「原始共産主義」を掲げ、国民支持をも得た政権が生まれることになります。(ただしシアヌーク国王は軟禁されることになります)


この原始共産主義というのが、格差社会というものをなくすためには、狩猟・採取の時代までさかのぼらねばならないというかなり、トんだ思想なんですね。
ポルポト政権は都市部にあふれかえる人々を農村に移動させ、農作業に従事させました。国外からの輸入に頼れなくなるため、食料生産が急務だったためです。

そして、ついには悪名高き、「知識人の根絶」を行うことを目指すのです。
強制的に農作業に従事させられている人々へ「医師・教師・技術者・学生だった者は名乗り出て欲しい。国の再興にはあなたたちが必要だ」という胸のお触れをだしました。そして名乗り出た人々を「再教育」の名の下、処刑していくのです・・・

「本を読んでいる」「海外に行ったことがある」「ラジオを聞く」「旧貨幣を持っている」

に始まり、「子供に教育をした」「腕時計をしている」「恋人がいる」「眼鏡をしている」「手が綺麗」「美男美女」
とどんどんエスカレートしていくのです。現実に起きたことだとは信じられません・・・





そして、クメールルージュは子供を積極的に社会的な役割に着かせました。

「原始共産主義を良く理解し」、「悪質な思想」に染まっていない」ことから、13歳以下の子供たちを兵士として、強制収容所の看守として採用したのです。子供が大人を監視するのです。そして、医者までもが俄仕込みの子供なのです・・・


20世紀も後半に本当に起こったことが信じられないような出来事です。
キリングフィールドには見つかった大量の人骨が納められた塔が残され、また、どうやら日本の出資金で作られたらしい虐殺の様子を伝える小さな絵画館(日本語の解説文付き)があり、その内容に絶句しました。
紙芝居のように描かれる体験談に、もうこれ以上読みたくない、見たくないと思うのですが、最後まで引きよせられるようにじっくりと読んでしまい、全てを読み終わった後は頭がぼーっとしました。時間に余裕があれば是非訪れて欲しい場所です。







帰国後に本を読んでも感じられないリアリティが、そこには確かにありました。


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ポルポト政権から解放された1993年、国民の85パーセントが14歳以下であったと言います。

カンボジアを訪れた際に著しく感じた、若さと活気。活気とまで感じたあのいびつなまでの人口比は、こんな悲しい歴史の影響だったのです。知識として知ってはいても、数字で見ると信じがたいものがあります。




[ 2016/09/01 06:12 ] 海外旅行 カンボジア | TB(0) | CM(0)

★カンボジア旅行記⑯最後のひとつ、プリア・カーン遺跡★

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カンボジア旅行記が終わらない〜〜!!先日新しい旅行に行ってしまったので、なんとか終わらせないとまた、中欧旅行にヨーロッパプチ放浪に引き続き未完になってしまう・・・ということでいまから駆け足で書いてしまいます。



ということで遺跡見学の一番最後を飾るのはプリア・カーン遺跡

■遺跡データ
 プリア・カン(Preah Khan)プレアハ・カン
 創建者:ジャヤヴァルマン7世
 創建年代:1191年(調度鎌倉時代の始まりくらいですね)
 信仰:仏教

プリア・カンの名前の意味は「聖なる剣」の意味。
ジャヤヴァルマン7世がチャンパ軍との戦いに勝った事を記念して建てたもので、父王の菩提寺とされるそう。父王はチャンパ軍に敗れて、アンコールの地は敵兵に蹂躙されたため、その父王の無念を鎮める意味もあるのだとか。
石碑文によると10万人が寺院の運営にあたっていたと記され、「舞姫だけで1000人」なのだとか。ちょっと盛りすぎかな?創建当時、単なる寺院ではなくさまざまな職種の人が住む村を形成し、仏教の教義を学ぶ場であったという。

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参道に並ぶリンガ、リンガとはサンスクリット語で男根の意味でそのシンボルのことです。参道に並べちゃうのねw
シヴァ神や、シヴァ神のもつエネルギーを表しているとされます。

土台はガルーダが、その上には仏陀が彫られているそうです。カンボジアでは、やはりいろいろな宗教がミックスされているのですね。


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顔面はえぐられてしまっているけれど、ナーガの胴体を引き合う神々と阿修羅の乳海攪拌の様子が箸の欄干になっている。


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はぎ取られた仏陀象。
近年に売られるためにはぎ取られたのかも知れないと思っていたけれど、
仏教をを手厚く保護した王の死後、ジャヤヴァルマン8世の時代に宗教戦争が起こり、過激なヒンドゥー教のシヴァは信徒によって破壊された跡だという。王の改革によって圧迫されたバラモン勢力の怨念が感じられる・・・と地球の歩き方に書いてありましてん。
ですが、創建者のジャヤヴァルマン7世は「自分の苦しみより、民の嘆きのためになく」とまで言われた大乗仏教徒であったものの、ヒンズー教のバラモンを圧迫しようとはしなかった。リンガにも描かれていたよう、ヒンズー教の神鳥ガルーダの上に仏陀が彫られていることからもうかがえます。ですが、王の死後に宗教的確執が起こったのだとか。


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遺跡の建屋内はこんな感じ。結構端から端までは距離があって、足下も悪いので足を挫いてしまいました。他の遺跡もそうですが、歩きやすい靴必須です( ̄▽ ̄;)
(ちなみにnittiはヒールで行きました)

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この遺跡は、2階建てになっている部分があって、これは他に例がないのだそうです。
なかなか幻想的で美しいですよね。

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[ 2016/08/29 18:20 ] 海外旅行 カンボジア | TB(0) | CM(0)

★カンボジア旅行記⑮アンコール遺跡で象に乗ってみた★

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 長いようで短かったカンボジア旅行もいよいよ佳境に入ってきました。 たったの4日間なんだから、あっという間ですね。
この最終日は、2日目にも訪れたアンコールワット付近の遺跡で見逃したところを再度みようという計画。

本当は、その2日目に霧が出ていて見られなかったアンコールワットの朝日に再チャレンジしようと思って、
フロントのお兄ちゃんと(2日目と余りに提示価格が違うものだから)トゥクトゥクの手配で30分も値段交渉してたんだけど、

一緒にいった友人が、やっぱり体調があんまりよくないというので、せっかく値切ったものの明け方ごろ中止にいったのです。
4日間といえど、結構無理して動き回ったしねー。

もちろん深夜になってからの中止、なのでお金は昨晩の交渉どうり払うよと言ったら、そりゃあ快諾いただけましたとも
一人で行ってきて〜と言われたけれど、やっぱり一緒に旅行してるんだもんね。
nittiもかなり疲れがたまってきていたので、一人で行くエネルギーはなかったです。
いつか再チャレンジしようね、と今回は取りやめです(^_^;)


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ゆっくり眠って元気になった二人で元気に出発ですヾ(*´∀`)ノ

なんども通った道沿いの寺院?おなじみ、阿修羅と神々が蛇を引き合う乳界攪拌の神話の像が門の両端に並びます。
遺跡にも同じモチーフはあるのだけれど、タイでみた寺院のような様式の建物にひっついていると、不思議な感じ。
東アジアの現代の文化って案外似ているのかもしれないなぁ。

この建物の隣には、いつもたくさんの人がたむろするように集まっている一角があるのだけれど、
そこはどうやら病院らしい。屋外でたくさんの人が待っている。

3日目(つまりこの前日)に郊外の遺跡へ向かう快適な車内で、軽トラックの上に病人と看護者をのせ走る車をみた。
最初はなにか分からなくって、布をはためかせ荷台に何人も人を乗せ疾走する車はめずらしく写真を撮ろうとカメラを構えたところで、病院へ向かっているところだと教えられた。あの居心地の悪さを思いだした。
あの車に乗っていた人は大丈夫だったんだろうか、すぐ診てもらえたのだろうか・・・。


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さてさて、アンコール遺跡でやり残したことは、象に乗ることと、気球に乗ること。
nittiは気球に乗りたかったし、友人は象に乗りたかった。

それぞれそんなに安くはなかったこともあって、別々にやりたいことをやろうとしたら、象は2人からだよーと・・・


結局気球は辞めて象に乗った。
今思えば、こっちが2人なのを見て、上手く営業されただけな気もするけどさ。
だって一人旅だったらどうするのさって。

こうやってみるとnitti我慢してばっかりみたいだけど、実は譲り合いで勝った結果だったりするのですwww


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バイヨンへ向かう道。象の上から見る景色、特に遺跡は全然違って新鮮。
なぜだか、楽しくて笑いが止まらなかった。
そして、思ったより揺れるから、振動と笑いで腹筋が鍛えられて、すごく体力を消耗してしまったwww

それもまた面白くさらに笑い転げた。あのときなら箸が転がってもおかしかったかもしれない。




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ご尊顔が近い。



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nittiはタイのアユタヤで象に乗ったことがあるのよね。それとも似ていたけれどやっぱり違った。



一番違ったのは、象遣いさんがコミュニケーション取ってくるか来なかったか、かな・・・
タイは(nittiが一人旅だったのもあるかもだけど)カタコト日本語でいろいろな話をしたし、チップ要求がすごかった・・・www
象を降りた後にも、「ぞうさんごはんたくさんたべる、お金ないとご飯食べれないかわいそう」攻撃がすごかった・・・w

対して今回の控えめにTipsと書かれた衣装に好感が・・・(入れなかったけれどw)




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※ちなみにタイで象乗ったとき。サービスで撮ってくれたやつ。


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象に乗り始めると、お兄さんが寄ってきて記念写真を撮ってくれる
1ドル、1ドルといって、2人ともお願いするとどこかへ消えていった。


お金を払ったわけではなかったので、まぁいいかと思っていると、終点に到着するまでには印刷して渡してくれた。
いい商売だなぁ(。・ω・。)!!
それ以外で例えば自分のカメラで写真を撮ってくれるといったサービスはなかったかな。
知り合い同士だと、このバイヨン前の写真ポイントでお互いに撮り合う時間が設けられてたみたいです。




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象にのって満足したところで向かったのが、アンコールトムの中にある「象のテラス」そしてそれに連なる「ライ王のテラス」

■遺跡データ
象のテラス(Elephant Terrace)リアン・チョル・ドムレイ
創建者:ジャヤヴァルマン7世、ジャヤヴァルマン8世改修
創建年代:12世紀末(13世紀後半改修)


■遺跡データ
ライ王のテラス(Leperking Terrace)リアン・スダィット・コムロン
創建者:ジャヤヴァルマン7世
創建年代:12世紀末頃

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王族たちが閲兵を行った王宮の前にあるテラス。
古代クメール人にとって象がどれだけ身近で大切な生き物だったのか分かる気がしてきた。


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結構でかいのです。手前が象のテラスで、一番奥の方がライ王のテラス


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ガルーダとガジャシンハ(ライオン+ガルーダ)の像が交互に並ぶ。くちばしになってる方がガルーダ。

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象は水を吐き出しているのだと思っていたけれどガイドブックによると、蓮の花を絡め取っているところなんだそう。


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続いてライ王のテラスへ。
三島由紀夫の戯曲に「癩王のテラス」というものがあるらしい。
このテラスを作ったジャヤヴァルマン7世の生涯を描いた作品だそうだが、癩王の「ライ」は癩病のそれである。
つまりハンセン病のこと。漢字で書かれていなかったからはじめは気付かなかった。

いつか舞台か、台本を読んでみたい・・・

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このライ王のテラスは二重構造になっていて、内側のテラスがより古い時代のもの。
後から作られた外壁と内壁の間に入り込み見学できるようになっており、
内側に隠されていた美しいレリーフは本当に見とれるほどの美しさでした。



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こちらが外側。




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[ 2016/07/15 23:24 ] 海外旅行 カンボジア | TB(0) | CM(0)

★カンボジア旅行記⑭遺跡に疲れたら珍スポットへ/カンボジアン・カルチャー・ヴィレッジ★

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カンボジアン・カルチャー・ヴィレッジ(柬埔寨民俗文化村)

広大な敷地に、カンボジアの歴史や文化を紹介したテーマパークで、カンボジアに住む様々な民族ごとの生活様式を紹介したショーが開催されている。

という真面目そうな内容ですが、、、

どちらかというとB級スポットおというにふさわしい内容となっていますヾ(*´∀`)ノwww



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美しい民族衣装ですね。デバダー達も身につけているこの衣装、
カンボジアで記念写真を撮ろうとすると、この金冠をかぶらされるらしいと聞きました。


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馬頭琴ならぬ、鰐頭琴???好みです。



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カンボジアの歴史や、アンコールワットなどの巨大建造物を作っていた様子が分かる模型が続いています。
博物館に、ありがちですかね・・・?

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闘豚でしょうか。あまりにびっくりしたので、ついパシャリ。


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彫刻をする様子や象たちが使役される様子。
奥に見えるのはナーガの象でしょうか。

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さて、せっかくなのでスケジュール表を見ながら、面白そうな出し物【Khmer Wedding Ceremony】という結婚式を見てみることに。
どこにこんなにいたのかしらと言うほど、観客が集まっていて、熱い中みっちり詰まって見ることに。
他の民族の結婚式って面白いですね。きっと、つのかくしを着ての日本の結婚式だって、外国から見たら興味深いのでしょうけど。

新郎役はどうやら、観光客の欧米人のよう。体験かなにかに申し込んだのかしら・・・?
他にも新郎の両親役?等にも観客が上げられていましたクメールダンス?を見よう見まねでされる姿がほほえましくって(・∀・)



他にも、カンボジアに住む、様々な少数民族のショーだとか、エリアが用意されているのですが、時間が合わなくって見学できませんでした。チャイニーズのショーは回数も多く、見られそうだったのですが、カンボジアでわざわざという気持ちもあって、他のエリアを回ってみることにしました。ショーをやっていないときは、各々のエリアは閑散としており、そんなに楽しくはないのかも。

週末だと「グレイティスト・キング・ジャヤヴァルマン7世」という人気のあるショーを行うらしく、ショー目当てなら、金土日の夜がいいようです。



などなどと「文化村」らいし楽しみ方をしていたら・・・・・・






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これですよ!!!!!!

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漫★画太郎先生作品が立体化したかのような、この姿・・・

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一緒に行った友人のツボだったらしく、カンボジアでも、そして、今までも見たことのないテンションで笑い出して、跳ね回り、写真を撮りまくっていましたwww
疲れ果ててぐったりしていたというのに、です。

写真も遺跡の数倍撮ってた気がするwwww


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彼女がテンション上がりすぎて、むしろちこっと悲しくなりましたよwww

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シュールな画はとどまるところをしりません。

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作ったら倒れてきたんだろうな・・・。と惨状を想像するに余りある像。

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首のないスーパーマンと思ったら、こうやって遊ぶんですね・・・・・・
でもこれってアウトー??

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こちらはキングコ●グさん・・・?




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こちらは完全に、あうとーですねw


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遺跡で見るような像もあれば


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ふざけた像もありました。
でもどこかきもかわいいと、へんなセンスを感じるパークです。




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カンボジアにもタイにあるような寺院があるんですね。




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シェムリアップのパブストリートに戻って夕ご飯は有名店「クメール・キッチン」へ
化学調味料を使わない料理は何を食べてもハズレがない、なんてガイドブックには書いてありますし、
実際美味しい!!
ナマモノとか大丈夫かしらんとも思ったのですが、お腹が痛くなることもなく、もりもり食べれました(。・ω・。)

お店がいっぱいで2号店に連れて行かれたせいか、ビールが生じゃなく缶だったのが(そして缶の方が高いのが)ちょっぴり残念でしたw

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ランタン祭り気分が味わえたり、



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ポルトガルのアグエダの傘風味にしてみたり・・・?

いいとこ取りしてますねー(○´∀`)ノwww
[ 2016/06/24 00:15 ] 海外旅行 カンボジア | TB(0) | CM(0)

★カンボジア旅行記⑬マルローを惑わせたバンテアイ・スレイ★

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続いて向かうのは同じく郊外にある遺跡バンテアイ・スレイ。シェムリアップからは北へ40km程度で、同じ北でもベンメリアとは少々離れますが一緒に連れて行ってもらいました。



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■遺跡データ
 バンテアイ・スレイ(Banteay Srei)ボンティアイ・スレイ
 創建者:ラージェンドラヴァルマン2世、ジャヤヴァルマン5世
 創建年代:967年
 侵攻:ヒンドゥー教(シヴァ派)

今まで見てきた遺跡の中でもひときは目を引くラテライト(赤い砂岩)で作られた遺跡です。今回訪れた中ではプラサット・クラヴァンで作られていたようでした。
名前の意味は「女の砦」というそうです。また建造当時は「シヴァプラ(シヴァ神の街)」と呼ばれていたのだとか。


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このレリーフの美しさ!感動的です。
両側に描かれた横向きのナーガのファンシーさがちょっぴりツボです(。・ω・。)
時代で言えば10世紀中頃でアンコールワットなどよりは古い遺跡となり、レリーフの柄のように共通するところも、門の形のように異なる部分もあるのですね。

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石工のワザに目を奪われます。
これを彫り上げるのに果たしてどのくらいの時間がかかるのでしょうか。

以前読んだ中に「社会派ちきりんの世界を歩いて考えよう!」という本があるのですが
今でも印象に残っている内容があります。

(前略)こういった工芸品の裏には「一生をかけて一枚の大理石パネルの模様を彫りました」というような人が無数に存在しています。家具全体の完成を見ずになくなった職人もいることでしょう。たとえ完成品を見られても、それを使う貴族の生活は想像もつかない人生だったにちがいありません。これらを見ていて脳裏に浮かぶのは「人間の人生より大事な美術品」という概念です(後略)

ここで持ってくるべき引用であるかは微妙なところですが、ひどく衝撃を受けたのをよく覚えています。
そして「後生の人間が腰を抜かすほど驚くような作品をつくるには"奴隷”の存在がなくてはできなかったのだ、(そしてそれを奴隷の子孫たる我々観光客が眺めるのだ・・・と)」
特にそのときは台湾の故宮博物館で、気の遠くなるような作業の末に完成した作品群をみた直後であったからというのもあったのでしょう。

存外、現代の私たちの大概の仕事だってそんな物ですし、名こそ残らないにしても、
後生まで大事に残される作品を残せたというのはむしろ誇るべきことのようにも思えますが・・・




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解説書読んでたら丸い石柱はリンガ(男根)らしい。余り知りたくはなかったw


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全体像でみるとこじんまりとした感じがしますが、細部まで丁寧に施された細工の密度は随一とも感じました。
そして遺跡の前にはちゃんと参道と池があるのです。


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1000年以上も前のレリーフがよくぞ綺麗に残っていた物ですね。


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猿のハヌマーンが守護するように鎮座しています。


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このバンテアイ・スレイは「東洋のモナリザ」と呼ばれるデバダー像で有名なのです。
フランス人作家であり、冒険家、政治家でもあるアンドレ・マルロー。後年には文化大臣まで務めた人物ですが、
この遺跡にあったデバダー像が彼を惑わし、盗掘し国外に持ち出そうとして逮捕されたという事件がありました。
氏はのちにこの事件もとに「王道」という小説を記したのだとか。
当時の遺跡の管理状況は今よりもさらに甘く、魔が差してしまったのかもしれませんが・・・・

それにしても窃盗犯が文化大臣とは・・・


現在は遺跡保護のためロープがはられており近づくことができず、遠目にはどれが盗掘された東洋のモナリザなのか分かりませんでした。
しかしどれもマルロー氏の気持ちが分かってしまいそうになるほど美しい・・・


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写真を見比べる限り、件のデバダーは手前の建物の向かって右側っぽいのですよねー



遺跡も見終わったところでお昼ご飯を。
バンテアイスレイは遺跡自体が公園の中?に併設されたようなつくりとなっており、
売店やレストラン、庭園?があったり、簡易な資料館があったりしたので、遺跡見学以外でも時間を使いました。

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あんまり美味しそうじゃなくってあれなんですが、味付けはいい感じに日本人好みでした。
隣の欧米人は結構のこしててもったいないなぁって。やはり食文化が合わないのかしら。

ドリンクには最初、ココナッツシェイクを頼んだのだけど、奥からシェフのお兄さんがわざわざ出てきて、申し訳なさそうにつくれないとおっしゃるの。なぜかしらと聞いてみると、ココナッツがシェイクになるほど熟れているのがないんだって。ココナッツウォーターならできるけどって・・・

あたりまえといえば当たり前なんだけど、ちゃんと熟れたココナッツをつかって、
その場でつくってくれているんだ〜と思うとそれだけですごくすごく贅沢なことだと思うのね。
ココナッツ味のシロップで〜とか濃縮ジュースが冷蔵庫にあって〜とかじゃないんんだもの、なんか感動しちゃいました(。・ω・。)








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ワカケホンセイインコかな?もしかするとオオホンセイインコかも・・・
鳥好きとしては、つい目が行きます・・・


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ボロさがむしろいかすオートバイ。動くのかしら・・・。


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窓際のテラス席からは水牛すらもすぐそこに。
食後におそるおそる近づいて見たり・・・・・・

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お手洗いから戻ってみると、友人が数人の小さい子供たちと遊んでいて、くるくると子供達をだっこしたり持ち上げたりしつつ子供も友人もとても楽しそうなんです。近くのチケットセンターで働いているらしきお母さんもにこにこと。私にはできないことだったからすごくうらやましく思いました。
子供はきらいではないのですが、nittiはどう接していいのか分からないのです。

彼女は留学中に保育所のようなところでボランティアをしていたらしく、言葉が通じなかろうが、小さい子だろうが、どんとこい、なのだとか・・・・・・・。すごいなー!憧れるなー!ヾ(*´∀`)ノ


今nittiも子供克服のため!?ちょっと取り組んでいることがあるのです、それはまだ秘密で・・・w



レストランに併設されていたお店では、初日に一目惚れした絹のスカーフ値切って15$というなかなかの高値で購入したものと同じ物が売っておりました。nittiも布に詳しい訳ではありませんが、なかなか良い生地だったんですよヾ(*´∀`)ノ
遺跡めぐりをしている内に、どうやら同じ物が屋外の露店だと(ちょっと汚いけど)8$程度までは下がると言うことは分かってちょっぴりショックではあったのですが、ここでさらにショックな出来事が、これ、


テーブルクロスだったらしいのですwwww

nittiそれをスカーフみたいに巻いて1日過ごしたんだけどwww
ナニコノ観光客テーブルクロス巻いて、なんて思われていたのでしょうか・・・。゚(゚´Д`゚)゚。


ショックとか言いつつも、気に入っていたことには変わりなかったので、
もう一つ柄違いを楽ちんなパンツとあわせて12$で購入したんですけどね( ̄▽ ̄;)


店員さんも、場所柄余裕があるのか、露店のようには売り込みも激しくなく、日本のちょっと過干渉気味のショップ店員さんくらいの接客度合いでした。
小さな子を抱いたままお仕事をしていて、おそらく母親ではなく姉みたいだったのだけど、ゆったりとした感じが少しうらやましくもありました。
その子に「これが●●(カンボジア語)、elephantだよー」という感じで英語を教えていたのも印象的でした。
だって、喃語がやっとくらいの赤ちゃんですよ。

でもこの国で生きて行くには英語が必要なんだ・・・そう感じた一幕でした。



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行きに見かけたガソリンスタンドのお値段表示に一瞬固まったので・・・w
[ 2016/06/12 15:38 ] 海外旅行 カンボジア | TB(0) | CM(2)

★カンボジア旅行記⑫物語の世界のベン・メリア★

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ベンメリア遺跡の探索、続きます。
案内人に導かれ、登ったり降りたりをくりかえします。アスレチックじみたルートもあれば(通って良かったのか・・・w)、
きちんと整備された道もあるので大丈夫★


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崩壊した遺跡、朽ちてはいるものも丁寧な細工がされていたのだろう。


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かつての橋のあとだとか。
ベンメリアの名前の意味は花束の池という美しい物。ベンが「池」メリアが「花の束」とのこと。
カンボジアの遺跡は水を意識したものがおおく、貯水池に当たる物や、アンコールワットのように遺跡の正面に池が作られている物もある。
勝手な想像ではあるけれど、橋が架かりその下に池ができている、そこには睡蓮が咲きみだれ、
それはまさしく『花束の池』とよぶにふさわしい・・・・・・


勝手な勝手な想像ですけれど・・・



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一番好きな写真(。・ω・。)


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2000年代に入る前は地雷が多く、観光で訪れるなんて不可能と言われていた遺跡。
そのおかげもあってか、この手つかずの状態が維持されていたのかしら・・・
今では地雷も除去され、安全に旅行が楽しめるようになりました。もちろんへんぴなところに入り込んではいけませんが
ただただ感謝をするのみです。


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遺跡の管理をやっているひとがガイドとして案内をしてくれた。
一通りのガイドが終了すると、お金を要求される訳なんですが、ひとり10$の20$からはじまるというwww
明らかに高いので、ちょっと悩んで相場からして2人で5$を渡したんだけど、他の旅行者さんの旅行記を読んでいても、
2〜5$くらいを要求されて払ったという感じなのでちょうどよかったかしら。
20$をふっかけられたのは、nittiたちの人が良さそうだったからですよね?

ふっかけられると慣れてないのでちと焦りました。なんだか突飛な金額で値切られる側の気分を味わったようなきがします。

20$は論外として、数人で2〜5$程度であればお願いするのもひとつだと思います。
というのもこの遺跡は、結構勝手に登ったり入り込んだりしていい事になっている?のですが、
ガイドさんがいないとどこまで行っていいのかも、安全なルートも分からず満喫できないかも・・・という点もあります。


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遺跡の外には子供達がたくさん
子の女の子達は、たくさんの観光客の被写体になっていました。
そして各国の言語で「はい、チーズ!」とカメラのかけ声を。もちろん日本語も、英語も、中国語らしき物も、そしてどこだか分からない言語も・・・・

すぐ離れたので分かりませんが、立派なカメラで連射していたアメリカ人?さんはおそらくチップを要求されたのでは?

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彼らのレトロな自転車が素敵で写真を撮らせてとお願いしたら、女の子達とは一転、全然乗り気にはなってくれませんでした。
でもしっかりチップは要求されたというwww
照れていたのか、観光客に媚びて写真なんてかっこわるいと思ったのかは定かではありませんが・・・。



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[ 2016/06/11 10:57 ] 海外旅行 カンボジア | TB(0) | CM(0)

★カンボジア旅行記⑪らぴゅたみたーいと叫びまくったベンメリア遺跡★

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らぴゅたみたーいって100回はいった!
ってなベンメリア遺跡編、はじめます。
写真がメインになるかとは思いますが、目標は2回で終わらせますヾ(*´∀`)ノ

カンボジア1日目は余りの濃厚さにもう既にお腹いっぱい。
小の国ってもしかして弾丸1日でも楽しめちゃうのではというテンションでしたが、

宿に帰って翌日の計画、郊外にあるベンメリアやバンテアイ・スレイを目指します。

タ・プロームホテルのフロントで交渉すること20分?
2人で90$だったか120$だったかで、ベンメリアとバンテアイ・スレイという郊外遺跡へ車での往復を取り付けました。
えらい金額違いますが、いかんせん、もうだいぶ前の話すぎてですね・・・・(^_^;)

お小遣い帳的な金額メモもどっか行っちゃったんです。。。

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大草原にテンション上がってたら、何が珍しいの?ってドライバさんに不思議な顔をされました。


シェムリアップから1〜1.5時間、70kmばかりも離れた、郊外にあるこれらの遺跡を訪れるには、(森や地雷除去中の場所もあるし)やはり信用できる足が欠かせないとのことでしたので、ちょっとの出費は仕方がないと・・・

まぁ実際現地に行ってみると、トゥクトゥクできたお嬢さん方なんかも結構いてはったんですけどね。


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こんな道通っちゃうの・・・?通っちゃうんです


車のほうが移動時間的にはずいぶん有利で、
砂埃や暑さを思えば、冷房の効いた車内でゆったり移動というのは割と有り選択なんですが、
貧乏旅行を(したいと)標榜するnittiにはちとものたりなかったり!?

快適なんですけどねー!!!


道中はなかなか面白く、本当にここ正しい道なの?というような村の中を、ごついトヨタ車が通り抜けたりと不思議な感じです。でも、シェムリアップではないカンボジアの民家の様子は非常に興味深く、例えば高床式のように1階部分が抜かれた木造の家や木々につられたハンモック、見慣れない農作業車、これまた不思議な車?に乗る若い僧侶の集団、半裸で歩く人々(おっさんの半裸とか絶対見苦しいのに、常に裸?なせいか、風景に、そして肉体になじんでいるのです。)
そんなのどかさと開放感にちょっぴりだけうらやましくもなってしまいます。



ちなみにドライバーさんはホテルのスタッフさんなんですが、トゥクトゥクではなく「車の運転手」というのはやっぱりちょっといい仕事のようで、サービス職のプライドを感じました。

トゥクトゥクのお兄さんはとってもいい人でしたが、待ち合わせの時間にいなかったり、なかなか出会えなかったり、逆に集合時間を執拗に確認したり(有難いけど、時間をずっと気にしないといけないので落ち着かない)しましたが、

車のドライバーさんは違います。どんなにゆっくりしてきても、その逆でも遺跡から出てくると一瞬で見つけてくれるのです。本当、発信器でもつけられているのかしらん。

一回道を間違えてUターンして、ばつの悪そうな顔もはりましたがw


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車に揺られること1時間強、今回のひとつの目玉でもあるベンメリア遺跡に到着です。
森の中に眠る巨大寺院と聞いていますが、門前市をなし、静謐な感じはあんまりしませんね・・・?


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この遺跡のナーガの保存状態はやけにいいものが多いのだけど、でもさすがにこの綺麗さはレプリカじゃないかと疑う次第。

家にちょっと欲しくなりません?私だけ?



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門前の賑わいから一転、威厳ある入り口が見えてきました!
緑の青さに、そして悠久の時を経て絶妙なバランスで保っているような姿にちょっと感動しちゃうかも。

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別アングルからも一枚

■遺跡データ
 ベンメリア(Beng Mealea)ブン・ミアリア
 建設者・時期ともに不明 スールヤヴァルマン2世(アンコールワットの創建者)の時代か?
 

アンコールの五大遺跡の一つだが、そのうちで最も崩壊が進んでいるのだという。
(不謹慎だけど廃墟の美しさってあるよね・・・)


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先ほどのいかにも入り口感あふれたところからは入ることはできず(というか登れず)
係員さんに向かって左手の方に行くよう言われますがその先にも入り口はなくひたすら石塀が続いています

先へ進もうかと途方に暮れていると、制服を着たお兄さんが石垣?を登るのだと実演!


両手両足をフルで使わねば登れないような石垣というか崩れた遺跡だったので、本当に登ってもいいものかしらんと
不安に思いつつも皆さんに続きます。
相変わらずカンボジアでは体力とアスレチック能力が試されます。歩きやすい靴でいきましょうね、まじで。


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登ったところ。




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このあたりはあんまり壊れていませんね。


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物語の世界に入り込んだようです。

個人的に思い出したのはzionという植物に侵食されるマンガだったりw



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実は、遺跡の警備?のお兄さんが案内役を買って出てくれて、写真も撮ってもらいました。
勝手に案内して、あとで謝礼を要求される訳ですが、遺跡やチケットチェックでよく見かけた制服着ていたのでなんか安心しちゃったんですよね。
この方は(勝手に案内してお金を要求しはる以外は)悪い人ではないと思いますが、万が一邪なこころをもった人で
実際カメラを持って遺跡を走られたら、身軽さが全然違いますから、確実に持ってかれちゃいますがw


ということで貴重品を託すか否かは自己責任ですよ。

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どこもかしこも写真映えします。


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この奇妙にくねった枝では


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ブランコさせてくれました♥
この後完全にお兄さんの手も離れて、気分は野生の少女ハイジ!

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日本語もちょっと喋れる件のお兄さんから聞いたところによると、これは「としょかん」だそう。

石の本が保管されているのだと。

すごく詩的で空想的だと思って帰国後、これが「経蔵」であると知るという、ね。
経蔵ってのは経典や仏教に関わる書物を収めた建造物のこと。
今回見て回った遺跡の大半にあるようだけれど、そういえばタ・プロームで案内してくれた少年(これも寄付を要求されたw)も石の図書館と言っていたっけ・・・確かに図書館だけれどもwww

ということでカンボジア遺跡で図書館と聞いたら経蔵のこと、らしいですよ!!

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[ 2016/05/31 21:03 ] 海外旅行 カンボジア | TB(0) | CM(0)

★カンボジア旅行記⑩宇宙の中心・バイヨン遺跡編★

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いよいよ、美しく奇妙なバイヨン、宇宙の中心とも言われる遺跡へやって参りました。
いつからカンボジア編放置しているのかしらんって状態ですが、何とか頑張って終わらせたいと思います(じゃないと次の旅行に行けないよ!!)

■遺跡データ
 バイヨン Bayon(バヨアン)
 創建者:ジャヤヴァルマン7世
 創建年代:12世紀末〜
 侵攻:仏教

バイヨンは他にもまして印象的な遺跡。
スールヤヴァルマン2世によりアンコールワットが建造された12世紀初頭からの数十年でめまぐるしいほど王の交代や簒奪、チャンパ王国(隣国タイのあたり)による支配や逆にチャンパ王国を支配したりと、混乱の時代が続き、その混乱をおさめジャヤヴァルマン7世が即位する。

ひときわ素晴らしい王として記録に残るジャヤヴァルマン7世は、新都城として、3km四方の塀で囲まれたアンコールトムを造営し、その中心には宗教宇宙観を具現したバイヨンを建立した。
この王は初の仏教徒の王であり、理想の人はインドのアショーカ王なのだとか。
元々カンボジアでは3〜6世紀の間にはヒンドゥー教(シヴァ派とヴィシュヌ派)及び、小乗仏教や大乗仏教が共存しており、7〜8世紀には大乗仏教が伸張、9世紀初めからは再びヒンドゥー教が隆盛し、仏教は公式の場からは姿を消していたという経緯があり、遺跡を見る際にどの神に捧げられた遺跡なのかを知ってから観ると一層興味深い、らしい!

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このクオリティの高いデバダーの浮き彫りを!!


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働く人々にみえる、庶民の生活を描いたレリーフだろうか。



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とにかくバイヨンは顔だらけ!!
この穏やかなほほえみを浮かべたお顔は観世音菩薩様。
この観世音菩薩の四面塔は全部で49塔、塔門にある5塔を合わせると54塔もあるという
このような塔はバイヨン様式といわれ、タプローム遺跡やバンテアイクデイ遺跡などと共通しているのだそうですよん。


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こんなにたくさん顔面があればこうやって遊びたくなりますね〜

同じような悟ったほほえみを模してみたり、遠近法をしてみたりと

もっと面白い写真が撮れそうなんですが、なかなか上手くいきませんw


集団ジャンプを繰り出すアメリカ人家族(多分)など怒られている観光客集団いてましたよ。フォトジェニックな場所ではありますが、あくまでカンボジア仏教の祈りの場であることをお忘れなく。


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遺跡美術の作られ方が分かる一枚。



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こちらのカーラのレリーフもなかなか繊細です。


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観世音菩薩の四面塔を真下からみてみると・・・
やはりアジアの顔立ちだなぁとしみじみ実感できます


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ゾウの表情がすてきなレリーフがありました
戦争へ向かう軍隊の様子でしょうか?


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あのひとつひとつの塔に4つの顔面があるかというと・・・



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寺院の中にいるときも、そして少し離れて眺めてみてもいっそう神秘的なバイヨン

当時のカンボジア人が表現したかったのは何なのでしょうか。

現代の「宇宙」よりももっと哲学的で、無限の世界、そんな気がします。


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霧が霧がー!と喜んでいたら、どうやら野焼きの煙だったくさい。


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[ 2016/05/30 22:20 ] 海外旅行 カンボジア | TB(0) | CM(0)